2012年09月07日

第130回:司馬遼太郎の『峠』 (福岡 ホームページ作成)

ある人の講話を聞いている時に、
長岡藩の河井継之介の名前が出てきた。


私は一瞬『ピクン』とした。

私が学生の時に読んだ小説に出てくる
主人公だったからだ。

司馬遼太郎が書いた歴史小説『峠』の
河井継之介の生き様にかなり影響を受けた。


最近は、ほとんど小説を読まなくなった。
マーケティングの専門書やビジネス書ばっかり
読んでいる。


知識を得るためというより、
世の中の動きなどから、ものごとの原理を
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知ろうとしているのかもしれない。


この考え方は、河井継之介に
影響されたのかもしれない。

本棚のおくーーーのほうにあった『峠』を
読み直そうと思っている。

司馬遼太郎 峠


この本の「あとがき」に
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司馬遼太郎が「峠を終えて」ということで

次のように書いている。

ひとの死もさまざまあるが、河井継之介という人は、
その死にあたって自分の下僕に棺をつくらせ、
庭に火をたかせ、病床から顔をよじって終夜それを
見つめ続けていたという。

自分というものの生と死をこれほど客体として
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処理し得た人物もまれであろう。

身に付いたよほどの哲学がなければこうはできない。


日本では戦国期の人には、この種の人物はいない。

戦国には日本人はまだ形而上的なものに精神を
託するということがなかった。


人間がなまで、人間を昂奮(こうふん)させ、
それを目標へかりたてるエネルギーは形而下的なものであり
たとえば物欲、名誉欲であった。


江戸時代も降(くだ)るにしたがって日本人は
すこしずつ変わっていく。

武士階級は読書階級になり、形而上的思考法が発達し、
ついに幕末になると、形而上的昂奮(こうふん)
ともなわなければかれらは動かなくなる。


言葉を変えて言えば、江戸三百年という教養時代が、
幕末に至ってそれなりに完成し、その中から出てくる
人物たちは、それぞれ形は変わっても、

いずれも形而上的思考法が肉体化しているという
点では共通している。

志士と言われる多くの人々もそうであり、
賢候といわれる有志大名たちもそうであった。


彼らには戦国人のような私的な野望というものが、
全くと言っていいほど少ない。


人はどう行動すれば美しいか、
ということを考えるのが江戸の武士道倫理であろう。

人はどう思考し行動すれば公益のためになるか
ということを考えるのが江戸期の儒教である。

この二つが、幕末人を作り出している。


幕末期に完成した武士という人間像は、
日本人が生み出した、多少奇形であるにしても
その結晶の見事さにおいて人間の芸術品とまで
言えるように思える。


しかもこの種の人間は、個人的物欲を肯定する戦国期や
あるいは西洋にはうまれなかった。


サムライという日本語が幕末期からいまなお世界語で
あり続けているというのは、彼らが両刀を帯びて
チャンバラをするからではなく、類型のない
美的人間ということで世界が珍しがったのであろう。


また明治後のカッコワルイ日本人が、
ときに自分のカッコワルサに自己嫌悪を持つとき、
かっての同じ日本人がサムライというものを
うみだしたことを思い直して、かろうじて自信を
回復しようとするのもそれであろう。


私はこの「峠」において、侍とは何かということを
考えてみたかった。

それを考えることが目的で書いた。


形而下は「形あるもの、物=五感で確かめられるもの」

 形而上は「形のないもの=理念的・精神的なもの、
 頭で考えたり、心で感じて生まれてくるもの」





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posted by ヒロタナ at 12:08| 日記