2015年07月03日

第206回:生かされている!?(福岡市 ホームページ作成)


ある人が言った、
「最近、友達とかが『生かされている』とか
 『引き寄せられている』と言うけど、
 私は今まで『生かされている』とか
 思ったことがなくて、
 私は『生きている』という感じなのだが
 どう思いますか」という。


私もラッキーだったり、
あの人が来てくれたらなぁ。と思っていると
不思議と現れたりしているので、
何か「生かされている」という言葉を
流行語のように使っている。

改めて思うに、
生かされている」というのは、
本人が使う概念なのかなと
思い始めた。

ひょっとしたら、
他者から見た概念ではなかろうか。

「あの人は必死で生きているので、
 なんか、生かされている気がする

と言った概念だ。


「私は生かされていますので、
 ラッキーな男です。
 私と取り引きをしたら、
 きっとうまくいきますよ」

というのと、

「あの人は必死で生きてきた方です。
 ですから、実力もあります。
 あなたとコラボしたら
 上手くいくと思います」

「あの人は生かされていますので、
 運が強そうです。
 一緒に仕事をされたらいかがですか」


どうも、「自信」という概念と
生かされている」という概念は
似ている。

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私に
「最近、友達とかが『生かされている』とか
 『引き寄せられている』と言うけど、
 私は今まで『生かされている』とか
 思ったことがなくて、
 私は『生きている』という感じなのだが
 どう思いますか」と質問した人は、

必死で「生きてきた」のだ。自分で。

しかし、よく考えると
人は一人では生きてはいけない

そういうことも含めて、
この人は、そのことも十分に理解している。

それをふまえて「生かされている」と聞くと、
行き当たりばったりの人生のような
感じをうけるのだろう。


どうも人には「目標設定型」と
言い方は適切ではないが
行き当たりばったり型」が
あるような気がする。

従来、人間は
行き当たりばったり型」ではないのか。

行き当たりばったり型」:「目標設定型
8:2 ではないだろうか。

私はどうも「行き当たりばったり型」人間なの
かもしれない。

自分自身を知る」ことは難しいが、
自分が「行き当たりばったり型」人間だと
分かると生きやすい

だから、会社とかで目標を設定しても
ピンとこない人が多いのだ。

無理もないことだ。

それを理解して、人と接すると
イライラする事もないかもしれない。

健康のために良い。

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■ちなみに、「自信とは」ということで、
以前ブログに書いたことを追記する。

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2009/06/22(Mon) 第80回 『自信とは何か?

以前考えていたことがあります。
それは、「自信とは何か?」です。
自信のとらえ方が間違いではないか。

社会活動において、
各企業は自己の活動に対して
自信を持とうとしています。


また社員にはその企業活動に自信を
持たせようとしています。

若い人が「自信がありますから、
やらせてください」と言います。

また、「健康には自信があります」と
言ったりします。

これって、何だろう?


根拠のない自信」とでもいいますか。
どうもぴんと来ません。

ある人に「自信とは何でしょう?」と
質問しました。

私が、あなたに「自信とは何でしょう?」と
質問したら、どう答えますか?



どうも、自信という事柄は古来、
一人間が自ら持ってはならない悪徳の
一種らしいのです。


人間にとって自信とは、
自ら持ってはならない感情らしいのです。

ここが完全にひっくり返ってしまったのです。

そういう説明をなさいました。

すると、
自信を持とうとして、
持てるはずもないものなので、
自信喪失(じしんそうしつ)におちいります。

じゃ、自信とは何か?

自信とは自ら持つものではなく、
何事かの結果論として他者が評価する一つの
>評価基準を表す概念らしいのです。

その「自信」という定義からすると、
何事かに一途に向かっている人、
または何事かを成し遂げている人に対して
他人があの人は自信がある、
という思いをいだくものなのです。

この自信という概念を考える場合、
自分自身が持つ概念であるのか、
他人が持つ概念であるのかの違い
気づくことが重要です。

だから、
ひたむきに今の現状に対して
どんどんぶつかっていく。


失敗したら次は失敗しまいと思って進む。

成功したら成功の中にある不満足な点を
見つけ出して、次々に改革していく。


何が起こっても自信など持たずに進んでいく。

自信などをもともと持たなければ、
決して自信喪失はありません。

いろんな不満があっても、
その不満を改革し、乗り越えればいいのです。


乗り越えられなければ、
次に乗りこへようと思うといいのです。

自信を持たなければ、自信は失われません。

前進前進、挑戦挑戦、努力努力、
創意工夫創意工夫、改革改革

いつでも今がスタートです。

あとは天命を待つ。この繰り返しです。

この状態を他者が見て自己のことを
自信がある人である」というようになります。

ひたむきにコツコツと行くしかないのです。

死ぬまで勉強勉強です。
自信がないから絶えず求め続けて
成長しようとします。

自信ができたら、
そこで終わってしまいます。

ここで、ひたむきな生き方自体、
自信がなければできないのではないかという
疑問が残りますが、
自信はもともと持てないもので、
持つ必要もないものなのです。



他者から見て自信のある生き方なのです。

自信など持とうとせずに、
目の前に置かれた現状に
全身全霊ぶつかっていくことで
あとは人生が解決してくれると思います。


だから、
自信は自己が持つものではないのです。

人を採用する場合、
「私は自分の仕事のやり方に
 自信があります」という人と、


「あの人は仕事のやり方に自信を
 もっている方なので、ご推薦します」


どちらを採用するでしょうか?

さて、
自信とは何か?」ということが
何となく腑に落ちます。(*^_^*)

−−−−−−ここまでブログ−−−


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posted by ヒロタナ at 13:00| 日記